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仙台高等裁判所秋田支部 昭和29年(く)4号 決定

主文

本件即時抗告を棄却する。

理由

本件即時抗告申立の理由は別紙記載のとおりである。

よつて記録を調査するに抗告人が同人に対する酒税法違反被告事件につき昭和二十九年七月二十一日の原審公判期日において懲役六月、但し三年間執行猶予、罰金八万二千円、二百円を一日の換刑処分等の判決の宣告を受け右判決は期間内に控訴の提起はなく確定したこと右判決宣告期日において裁判官菅藤栄は判決主文を朗読し、理由の要旨を告げたところ抗告人は裁判官の音声が低く、且早口で明瞭を欠くものがあつたため判決内容を聴きとれなかつたので立会の国選弁護人小林鉄太郎を通じてその旨申立てると裁判官は再び判決主文を告知したこと、抗告人はその後廊下で弁護人に判決内容をただしたところ、弁護人は抗告人に罰金一万二千円であると答えたこと、抗告人は弁護人の言を信じ控訴しない意思を表示したこと、翌日弁護人は新聞紙上において抗告人に対する判決が罰金は八万二千円と掲載されているのを見て原裁判所に出頭し書記官室に赴き係書記官伊藤嘉彦にただしたところ、罰金額は八万二千円が正しいことを知つたこと、同人は抗告人に右罰金額を知らせようと思つたが同人も新聞紙上でこれを知り善処するであろうと思い特に連絡をしなかつたこと、抗告人は九月四日山形地方検察庁より罰金八万二千円の納付命令書の交付を受けはじめて罰金が八万二千円であることを知り、控訴しようとしたが既に控訴期間を経過していたこと、一方公判に立会つた書記官補伊藤嘉彦は罰金額八万二千円と聞きこれを筆記し、雇員にその旨を告げ帳簿に記入させたこと、判決宣告の公判の前に裁判官から被告人に質問したとき被告人は耳が遠いと思われる節はなく普通に受け答えしていたことをそれぞれ認定できる。

以上の事実関係に基き考察するに抗告人においては裁判官の判決宣告を聴取し得なかつたとは認められないところ、偶々公判廷外の廊下において弁護人より実際の言渡刑と異る罰金額を告げられるや直ちにそれを真の罰金額なりと軽信し、控訴の措置をとらなかつたものであるから、抗告人はその過失によつて控訴期間を徒過したものと言わざるを得ない。尤も弁護人小林鉄太郎においても抗告人に告げた罰金額金一万二千円は聴き違いであることが翌日判明したのであるから、直ちにその旨を抗告人に連絡し適宜の措置を施し遺憾なきようなすべきであるのにその挙に出なかつたのであり、その点について怠慢にして控訴期間徒過につき過失を認められ之が責任の一端を負うべきであるとの譏を免れない。

以上何れの点よりするも控訴期間の徒過は抗告人又は代人の責に帰し難い事由によつて生じたものとは認めがたいから、上訴権回復の請求はこれを許容すべきではない。従つて右と同趣旨の原決定は正当であり、本件即時抗告は理由がない。

よつて刑事訴訟法第四百二十六条第一項により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 松村美佐男 裁判官 大島雷三 松本晃平)

〈以下省略〉

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